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ノイマンの軛 Von Neumann bottleneck が解けてきた

David Hockney 展 2023 東京都現代美術館

  「ホックニーは、ロンドンのロイヤルアカデミーサマーエキシビションのためこの作品を制作した。展覧会の終了後、残りの作品が削除されると、この絵はそのまま残り、オリジナルとまったく同じスケールの2つのデジタル写真レンダリングが隣接する2つの壁に掛けられた。」 実際に3面に展示された様子の動画がよかった。この中で「傍に余計な作品を展示されないように、作品のサイズを決めた」と語っていた。

レオポルド美術館の3Dモデル(Sketchup)をBlender経由でUnityにもっていく

https://3dwarehouse.sketchup.com/model/d9da782400b0fd7fa9ed8783d4df777b/Leopold-Museum 昔、Google Earth に使われていたと思われる レオボルド美術館の3Dモデルを見つけた 。しかし、skp ファイルの形式が新しいものなので Sketchup 2017 では読み込めない。 2017で読めれば Obj形式にエクスポートして Unity で利用することができた のだが。 https://app.sketchup.com/  で stl 形式にエクスポートできるが、 テクスチャーが剥がれてしまう 。 Blender でプラグインを追加すると Sketchup のデータ が読み込めるというので https://github.com/RedHaloStudio/Sketchup_Importer 試してみたが、なぜかインストールした プラグインが有効にできない 。 チェクボックスをクリックできない Mac Mini M2 だとだめそうなので、Windows にも Blender を入れて試してみたところ、 プラグインが有効 になり、skpファイルをインポートすることができた。 インポートはできたものの、最初、 テクスチャーはないように 見えたが、テクスチャーはBlenderのプロジェクトの中にはあるようなので「 テクスチャ付き fbx を出力 」してみた。 結果、この fbx で Unity へ持っていけた。 テクスチャ付き fbx を出力する  Blenderの画面 fbx経由で UnityのProjectにレオポルド美術館を設置できたが、Material と Texture と Shader の調整が微妙で、まだよく理解できていない。 Unityの画面 分離派会館は2007年にSketchupで作成したデータに取り込んでいたので Unity で使えた。 参考 Blenderでテクスチャ付きfbxを出力し、Unityでテクスチャ付きfbxを読み込む方法 https://www.crossroad-tech.com/entry/export-import-fbx-blender-unity 美術史美術館 https://3dwarehouse.sketchup....

エゴン・シーレ展 ウィーンで行きそびれたレオポルト美術館が東京にやってきた

   レオポルト美術館展という感じで、ウィーン世紀末のいい作品がたくさんあった。 シーレの風景画のエリアだけ撮影可能だった。 シーレの「装飾的な背景の前に置かれた様式化された花」や「菊」が良かった。特に「菊」は実物をじっくり観ないとよさがわからないと思うけど、素晴らしい。才能というやつだね。 豊田市美術館が所有する肖像画もやはりいいものだった。 オスカー・ココシュカの「ピエタ」、ミケランジェロがみたらなんというだろうか? さて<悲しみの女>と呼ばれる作品。タイトルは画家自身が付けたものではないらしい。  ワリー・ノイツェルは、1911年から1915年まで、シーレの最も重要なモデルであり、また人生の伴侶だった。シーレは芸術家として初期の成功を遂げるまで、ワリーとスリリングな日々を共にしたが、同時に手痛い挫折も味わった。1914年、中流階級に育ったアデーレとエーディトのハームス姉妹に出会ったシーレは、1915年に妹のエーディトと結婚する。   2023 エゴン・シーレ展図録 P155より 今回の「エゴン・シーレ展」で3つの作品が並べて展示されていた。 「 横たわる女 」は凄い迫力だった。 「 習作 からモデルは妻のエディートだが、首から上はすげ替えられている」というようなことが説明書きにあった。そのせいもあってか、右の「 縦縞模様のドレスを着て座るエディート・シーレ 」の なんとも言えない雰囲気 を強く感じられた。 このブログを書くために 習作 を探し、それらしきものを見つけ、ちょっとその大胆さにびっくりした。 1914年11月、妹のゲルトルーデが友人の画家アントン・ペ シュカと結婚する。 当初、 シーレは嫉妬からこの話を妨害しようと試みたがその努力も虚しく二人は結婚し、1カ月後には息子が生まれた。 この頃からシーレ自身は、アトリエの向かいに住む中流階級のハームス家の姉妹と親しくなり、次第に妹のエーディトと深い仲になった。 社会的良識から判断してワリーは結婚相手にはふさわしくないと考え始めたシーレは、エディートと結婚するため、本意ではなかったが彼女からの強い要求により、ワリーに別れを告げた。 レスラーによれば、なじみのカフェにワリーを呼び寄せたシーレは、関係を断つことが辛かったので、経済的な余裕がない...