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ノイマンの軛 Von Neumann bottleneck が解けてきた

敗者のゲーム

 株式インデックスには勝てないという話は以前から何度となく耳にしていたが、なんなく腑に落ちない感じがしていたが、この本を読んでわかったような気がした。ETFにお金が流れ込む仕組みができていて、取引の大半がプロであるのだから。 「1985年に初版が発刊されたが、基本となる考え方はその10年前に専門誌で発表されていた。」 「100年前、株式取引の90%は一般の人たちによるものだった。こうした状況では、プロの投資家は早く情報を入手できるので有利と考えられ、インデックス投資よりよい結果を残すことができた。しかし時がたつにつれて、ほとんどの人が退職金制度を運営する機関で投資信託や株価指数連動型上場投信(ETF)に投資するようになり、現在では 90%以上の取引が、プロの機関投資家によって行われる ようになった。そうなると、どんなに敏腕のプロも市場に勝つことはとても難しい。」 米国も時間をかけて株式投資の仕組みを作り上げてきた。

猫ドアを制御して、白黒斑ネコの侵入を阻止したい

  猫ドアを制御して、白黒斑ネコの侵入を阻止したい リタルタイムで画像識別 2匹の子猫 猫ドア 子猫に生傷 そういえば Jeston ラズパイ 夜間の侵入撮影成功 転移学習 猫ドア稼働状況 サーボモーターでドアロック Jetson Nanoで転移学習 ラズパイとJetson Nanoの比較 DL Framework,Task,Model リタルタイムで画像識別    以前、参加したハンズオンで Jetson でリアルタムで画像識別してみて、ちょっと感動した。 リアルタイムでいろいろなものが、かなりの精度で認識できる。 2匹の子猫    三毛猫が子猫を置いて、また出産のためか、でていった。 置いていかれた「茶トラ」と「黒」の子猫は順調に育っていった。 ちなみに猫は一緒に生まれた兄弟でも、父親が違う、というのが「あり」らしい。 猫ドア 冬になり、さすがに外は寒いので、倉庫に出入りできるようにドアをつくった。 311の地震のときに割れたガラスの代わりに板で塞いでいたので、ドアが作れてちょうどよかった。 左に写っているのが、後で説明する、今回設置した USBカメラ。 子猫に生傷 あるとき、時々、2匹ともに生傷ができているのを見つける。 どうやら白黒斑ネコにやられているようだ。餌を食べに倉庫にも侵入してきているようだ。 餌はまあいいが、「茶トラ」と「黒」が「白黒斑」に怯えて倉庫の天井の方にいるようなので、どうしたものかと考える。 そういえば Jeston そういえば、Jetson で画像識別できた。 Jetson Nano 2G という、低価格版がリリースされだした。 Raspberry Pi とどうしようかと迷ったが Raspberry Pi の場合、USB タイプの GPU が必要になりそうな気もしたので、 Jeston Nano 2G にすることにした。 モバイルバッテリーを使って実際に Jetson一式 外に持ち出して、はじめて「cat」を検出して自動撮影に成功したときは、結構うれ...

力と交換様式

  東京駅の八重洲のブックセンターが営業終了になるらしいので、折角なので銀座に行ったついでに立ち寄ってみた。しかし、残念ながら「力と交換様式」の在庫はなかった。 Amazonの以下のような書評がちょっと気になっていた。 柄谷行人氏は非常に長い時間と熱量を以ってマルクスを何とか哲学的にもまともなものとして救い出そうとしていた様に見える。だがそれは無理だったというのが柄谷氏自身の集大成的な仕事の最終的な結論だと思われる   「歴史学者という病」の一節を読んで、以前からずっと「唯物論」というのがよく理解できなかったのだが「唯物論=マルクス主義」というか「マルクス教という宗教の信者がたくさんいただけ」ということにいまさら気づかされて、なんだか少しスッキリした。  唯物史観とは、生産構造こそが社会を支え、生産構造の分析こそが社会を豊かにするといった「哲学」に則る。生産構造と階級闘争、つまり異なる生産構造を持つ主体の対立が階級として現れ、この階級の闘争の積み重ねこそが歴史であるという理解に落ち着く。(中略) 唯物史観を離れて実証へ向かった先生方は存在する。ただし、当時の主だった歴史研究者は、ほぼ全員が唯物史観に近い立場であったことは事実である。 モノの「交換様式」というやつは「肝」であるようだ。 K・マルクスによれば、商品交換とは異なる共同体のあいだで行われる物々交換からはじまるもとのされます(『資本論』)。 縄文イデオロギーを共有し、それゆえ「外部」を持たなかった縄文時代の日本列島の社会に、商品交換は存在しませんでした。しかし、弥生文化が成立すると... 縄文時代は贈与と交換が中心で、モノの売り買いに対する忌避もまた、縄文文化ということらしい。 最近では縄文時代から稲作があったのが明らかになってきている。農業を拒否していたのでなく、モノの売り買いを忌避していたのか。 縄文から弥生になって芸術レベルが格段に落ちたのは明らか。土偶と埴輪では勝負にならない。   ちなみに遮光器土偶は「里芋の妖精さん」説はまさに目から鱗。 妖精といえば「 山田五郎 オトナの教養講座 」で17世紀のイギリスでも大ブームだったといっていた。 ハリーポッターも伊達ではない。 リチャード・ダッド「お伽の樵の入神の一...